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大阪高等裁判所 昭和56年(う)689号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大槻〓馬作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官北側勝作成の答弁書(ただし、同検察官は、右答弁書中第二の三の個所を撤回すると述べた)記載のとおりであるから、これらを引用する。

一、控訴趣意第一点、控訴趣意補充一、事実誤認、法令の解釈適用の誤りの主張について

論旨は、信用組合弘容の定款二二条二項、四項によると、被告人のごとき同組合専務理事は、一般の営利会社の専務取締役と異なり、法人代表の権限がなく、本件各融資は、すべて当時の同組合理事長白石森松がこれらを決定し、同人名義で実行されている、そして同組合の職制規程四条、七条別表4によると、同組合においては、中小企業等協同組合法三六条の二の規定は空文化され、理事長、副理事長の指揮のもとに指令系統に従つた執務を要請される場合の専務理事の行為は、機械的なものであり、同法が意図する理事会における議決権を行使する行為と同じでない、かくて、専務理事は、融資につき、原判示のように理事長、副理事長と協議する権限も、決定に関与する権限も有しない、これを本件各融資についていうと、白石理事長は、藤田政雄との特別の関係によつて同人の事業には全面的に資金を応援するとの約束をしていたのであり、当時の同組合副理事長児玉太郎以下幹部は白石理事長の意を承け、藤田の関係する融資申込みにはほとんど無条件でこれに応じる方針をとつていたから、本件各融資につきいずれも背任罪が成立するとすれば、白石・藤田間の前記約束の時点において同罪が成立しているのであつて、その後白石理事長の意を承けて行つた現実の融資事務の手続はせいぜいその幇助犯を構成するにすぎない、他方、白石・藤田間の特別の関係の上に立つてなされた白石理事長の決断は、協同組合による金融事業に関する法律一条からして、決して藤田並びに同人の関連会社に利益を与え信用組合弘容に損害を加える目的のものでなかつた、のみならず、被告人においては、本件各融資につき、理由を付して反対ないし消極的意見を述べたから、専務理事、特別融資担当として理事長・副理事長に対する補佐の責務を十分に果たしていた、それでもなお被告人は、白石理事長が決裁を下しその実行を命じたときは、補佐機関として、その事務を遂行せざるをえなかつたのである、本件各融資についていうと、(一)原判示第二の一の丸一関係では、追加担保がとれない現況では、従来の貸金とともに回収不能になるか、あるいは回収できるかのいずれかであつた、被告人はそのいずれに決裁されるもやむをえないと考えたが、白石理事長は、現時点で多額の損失を計上するよりも、今は丸恵・丸一をつぶさず、少しでも回収に努力すべきであるとの考えから貸付を決裁したのであつて、被告人が藤田や水沼計恵から頼まれて共謀のうえ丸一及び藤田の利益を図り信用組合弘容に損害を加える目的で貸付を実行したことはない、被告人は、専務理事としての任務である適正な意見具申を誠実に行つたのであつて、任務に違背するところはなかつた、(二)原判示第二の二の永大関係では、被告人は、担保が全くとれず、債権の保全ができないから、貸付に極力反対したが、既に白石理事長において貸付決定ずみということで児玉副理事長から、その実行を押しつけられたのである、なお、三四回にわたる当座貸越実行は、貸付を全部一度に実行すれば早急に費消されることを危惧した被告人の考えによるものであつた、(三)原判示第二の三の藤田政雄個人関係では、被告人は、三億円もの多額の融資をすれば、白石理事長とても藤田に返済を迫るだろうから、この際その三億円の中から、藤田が保証する永大への貸金約一億四、〇〇〇万円を決済させ、しかも白石理事長から藤田関連会社には今後一切貸増しを認めないと言渡し、そうなれば、藤田関連会社や藤田個人に対する貸金もこれ以上ふえることはなくなり、以後の管理を正常化の方向にもつてゆけるだろうと考え、白石理事長、児玉副理事長らに、その考えを述べ、今後藤田関係の貸金に歯どめをかけるべく相談したが、容れられず、結果的には永大への過振りも差引かず三億円をそのまま貸付けることに決定したのであつて、被告人は信用組合弘容に損害を加える目的で藤田及び白石と共謀して貸付を行つたのでなく、任務に違背するところはなかつた、(四)原判示第二の四のグリーン総業関係では、被告人は藤田からの融資申込みにとり合わなかつた、しかし、藤田、児玉、白石の順で右申込みが認許され融資決定がなされたのであるから、被告人は藤田、白石、児玉と共謀して融資を実行したことがなく、任務に違背するところはなかつた、以上のとおりであつて、被告人には任務違背の事実がなく背任罪の共同正犯の罪責を問われるべきでないのに、これと異なる事実を認定し背任罪に問擬した原判決は事実認定を誤り、法令の解釈適用を誤つたものであつて、破棄を免れない、という。

そこで所論にかんがみ記録を精査し、かつ当審における事実の取調の結果をも参酌して検討し、以下のとおり判断を加える。

そもそも他人のためにその事務を処理する者は、その事務の性質に従い忠実にこれを履行しその財産上の利益を保護増進する義務を負うものであつて、もしこの義務に違背し自己もしくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える意思をもつてその任務に背く行為をなし、よつて本人に財産上の損害を加えたときは背任罪の責任を免がれないのであつて、右背任罪の成立には必ずしも行為者が自己単独の意思をもつてその事務を左右しうる権限、すなわち決定権を有する事務に関し背任行為の存することを必要としない。たとい他にその事務の遂行について指揮監督その他決裁の権限を有する者が存する場合であつても、いやしくもその行為者の担当する事務の範囲内に属する以上、これに関し背任の行為があつた場合は本罪が成立するものというべきである。なぜならば、右決裁権を有する者とその決済権の下に事務を処理する者とは、その権限は同等でないとはいえ、両者相まつてその事務を遂行するものであつて、その任務の範囲を区別して背任の罪責の存否を決すべきものでないからである(大正三年(れ)第三一〇八号、大正四年二月二〇日大審院判決、大刑録二一輯一三〇頁、刑抄録六一巻七八九五頁・昭和一七年(れ)第一四一二号、同年一一月三〇日大審院判決、法律新聞四八二四号七頁各参照)。これを本件についてみるに、原判決挙示の関係証拠によると、被告人は、当時信用組合弘容の専務理事であつて特別融資部を担当し、日常業務を処理していたものであるが、理事長・副理事長の指揮を受けるとともに、理事長・副理事長の行う職務を補佐し、必要があれば、業務全般について理事長に意見を具申する権限をも有することが認められるから、その行為は所論のように単なる機械的存在としてのみのそれにとどまつていたものとはいえないのであつて、刑法二四七条にいう他人のためにその事務を処理する者にあたるというべく、したがつて同信用組合の特別融資部担当専務理事としてその事務を忠実に履行し同信用組合の財産上の利益を保護増進する義務を負い、いやしくも第三者の利益を図り又は同信用組合に財産上の損害を加える行為に出た場合には背任罪の責を負うことを免かれない。

ところで本件各貸付における被告人の関与の有無並びにその態様は、各関係証拠によると、次のとおりであることが認められる。

(一)  原判示第二の一の丸一興産株式会社(以下丸一という)関係

(イ)  藤田政雄は、原判示丸恵商事株式会社(以下丸恵という)ないし水沼計恵個人の経営の窮状を救い、ひいては自己の利益を図るため、信用組合弘容から丸恵ないし水沼個人に多額の融資を得ようとしたが、既に丸恵ないし水沼個人への貸付限度一杯の融資がなされていたため、かねて丸一なるトンネル会社を設立し、これに多額の融資を得ようと考え、昭和五一年一月一〇日ころ白石理事長に対し税関からの払下品を落札しこれを転売したいと言い、丸一への六、〇〇〇万円の融資を申込んだところ、全品を転売できる見込みがなかつたが、白石はこれを知りながら即座に右申込みに内諾を与えた。被告人は、その後間もなく右白石の六、〇〇〇万円融資内諾を知つたが、それまでの丸恵、丸一への融資の際の担保の大幅不足及び丸恵の悪い経営収支からして、六、〇〇〇万円を貸付けても回収が危ぶまれる状況にあつたので、これを貸付けるべきでないと考えたものの、丸恵、丸一が白石理事長と特別な関係にある藤田のからむ企業であつて、右貸付に異論を唱えても、とうていくつがえるものでないから、白石理事長の右内諾に従うほかはないと考え、原判示第二の一の別表一の番号一、六、七、九、一〇、一一の一連の融資実行の手続をとつた。

(ロ)  被告人は、昭和五一年一月特別融資部担当に就き、直ちに同部部長代理増田至孝をして大口貸付の実態を調査させた結果、丸恵、丸一、水沼個人、また藤田個人ないし原判示グリーン総業株式会社(以下グリーン総業という)がいずれも貸付残約九億円あり、かつ丸恵には高利の借金があり、その返済資金を信用組合弘容から借りていたことを知つたが、なおも丸恵、丸一、更に藤田のからむ原判示永大建設株式会社(以下永大という)の各資金ぐりの実態を明確化するための調査を継続することとし、そのためには日時を要するので、藤田、水沼からの融資申込みに応じ、つなぎ資金として、丸一名義によるピーク時三、九〇〇万円の融資について白石理事長及び児玉副理事長の承認の決裁を得、引続いて六二〇万円、八九〇万円の各融資についても右同様承認の決裁を得たうえ、いずれも無担保で、原判示第二の一の別表一の番号二ないし五の一連の融資実行の手続をとつた。

(ハ)  また、昭和五一年二月一四日ころ、白石理事長、児玉副理事長、被告人、築山明弘専務理事、西山忠雄特別融資部部長各出席のもと、丸恵を中心とする資金ぐりの調査結果の報告がなされた。これに藤田も同席した。被告人は、右調査結果について「丸恵は高利の借入金が二億三、〇〇〇万円あり、国土観光に一億二、〇〇〇万円、永大に八、二〇〇万円の各貸手形があり、このような実情では今後やつてゆけないかもわからんので、ここでもう一度機会を与えるか、切りすてるかの決断の時期に来ている、永大は丸恵から八、二〇〇万円の貸手形が回つており、かつ三億円ぐらいの資金がないと運転できない状態であり、このように丸恵と永大が両がらみになつているので、双方一緒によく検討して下さい。」「丸恵と永大に機会を与えるにしても、貸手形の始末が前提になる。」旨、西山は敷えんして「今、丸恵をつぶさないためには二億五、〇〇〇万円程、永大も同様三億円ぐらいの資金がそれぞれ必要である。皆で検討してほしい。」旨それぞれ報告した。白石は藤田に対し「手形どうするのか」と発問すると、藤田は「国土観光のものは回つて来ないように始末できるし、永大のものも回らないようにする。永大については三億円というけれども一億ぐらいに圧縮できる。」旨答えた。被告人は藤田に対し、「一億円ぐらいに圧縮できるとして、その弁済はどうするのか。」と質問すると、藤田は、弁済の見込みが不確実であると考えつつも、「永大では松友の工事代金のうち三、〇〇〇万円の前渡金を受取ることになつている。かつ永大の大和は藤井寺農協に可愛がられているので、永大の弘容からの借入金は農協に肩替りしてもらえる。四月末まで面倒みてもらえたら、完全にすむ。」旨述べた。しかし、被告人は、永大の松友からの請負は代金六、〇〇〇万円ないし七、〇〇〇万円の工事であり、その全額が永大の利益になるわけでもないし、現にその工事も進捗していないし、また藤井寺農協も借入金全額を肩替りしてくれるとは思われないので、藤田の右供述の信用性に疑問を感じた。ところが、白石は「藤田、お前の言うこと間違いないか。」と言い、丸恵への二億五、〇〇〇万円、永大への三億円の各融資を承認した。被告人は、やむなくこれを承け、「丸恵には二億五、〇〇〇万円の貸付をするが、永大には三億円の範囲内でできるだけ圧縮しながら当貸の方法でやつてゆく。ただし、永大には全く担保がない。」と述べ、白石はこれに応じ「うん」とうなづいた。しかし、被告人は、永大については回収不能の危険が高く、丸恵も二億五、〇〇〇万円貸増しを受けても好転するとは考えなかつたが、あるいは一〇年以上の長期にわたり金利を棚あげすれば辛うじて回収できるかもしれないと考え、いわば賭けの心境にあつた。かくて、被告人は、丸恵には既に二億五、〇〇〇万円貸増しの枠の余裕がなかつたので、丸一名義による融資の形をとり、昭和五一年二月二四日原判示第二の一の別表番号八の融資実行の手続をとつた。その後、信用組合弘容は藤田から兵庫県佐用郡所在の土地を担保に徴したが、その評価額は三、九〇〇万円にすぎなかつた。

(二)  原判示第二の二の永大関係

前記(一)の(ハ)の昭和五一年二月一四日の調査結果報告の際、被告人は、永大の方が丸恵よりも危険な状態にあつたので、永大への三億円の融資が決まつたにしても、それが資金ぐり以外に費消されることをおそれ、永大に対し企業努力を求めるとともに、融資額をできるだけ押さえるため、過振りの方法によるのがよいと考え、前叙のとおり「永大には三億円の範囲内でできるだけ圧縮しながら当貸の方法でやつてゆく。ただし、永大には全く担保がない。」と言い、これについて白石理事長・児玉副理事長の承認を得たが、ピーク時三億円の融資をしても、回収不能の危険が高いと考えながら、あえて原判示第二の二の別表二のとおり過振りによる融資実行の手続をとり始めたものの、永大への過振額が昭和五一年二月一四日現在約一億円であつたのに、信用組合弘容の同年三月末の決算期には約一億五、〇〇〇万円に増加したので、それを手形貸付の形に変え、いつたん永大への当座勘定の赤字を消したうえ、白石理事長に過振りの形式による融資を中止するよう提案したが容れられず、原判示第二の二の別表二のとおり過振りの方法による無担保貸付を続けた。

(三)  原判示第二の三の藤田政雄個人関係

被告人は、昭和五一年四月中旬ころ藤田から三億円の融資の申込みを受けた際、もし同人に三億円を貸すのであれば、そのうちから永大へのそれまでの過振りによる赤字を消して藤田のからむ企業への融資を今後一切認めないことを白石理事長から藤田に宣告してもらえるものと考え、藤田に対し、三億円の融資を認めるが、それと引換えにそれまでの永大への貸付金を返済してもらい、かつ新たに担保を入れるよう要求し、これらを藤田に約束させた。その後信用組合弘容の部長会議の席上において、被告人は「実は藤田から三億円の融資の申込みがある。本来ならば消極方針でゆきたいが、今までの貸金もあるゆえ、従来の永大への貸付金を差引きするとの条件でこの融資を認めてやつた方がよいと思う。しかし担保はないし、どうしてもというのなら植木しかない。そして理事長から藤田グループに対する貸付はこれで打切ると言つてほしい。」「三億円は高利貸から借りている借金の返済でしよう。」と発言するや、これを聞いた白石理事長から「お前は高利貸に金を貸すのか。」「お前は公衆の面前でわしを脅迫するのか」と罵倒されたので、「そこまで言われるのなら、この貸付はやめます。」と言つたところ、なおも白石から「断わつたからいいですむ問題か。」と叱責された。その後、被告人は藤田に対し「三億円の件はご破算になつた。」旨告げた。しかし同年四月二〇日被告人は築山専務理事から「担保になる植木を見に行こう。」と誘われたので、藤田が直接白石理事長に三億円融資を申入れて内諾を得たことを知つた。そこで被告人は児玉副理事長に「永大への過振りを差引きませんか。」と提案したが、容れられなかつた。後日被告人は白石理事長に対し植木を見て来た旨報告したが、評価に関し、同人から質問されなかつたので、単に植木を担保に徴するという形式をとつて藤田に三億円を貸付ける方針であることを知つた。間もなく被告人は藤田から「あの件は理事長室で話しをつけてきた。」と告げられたので、遂に同人への三億円融資が決定されたことを知り、やむなく原判示第二の三の三億円融資実行の手続をとつた。更に、同年七月上旬被告人は、藤田から那須所在の物件を担保とする二、五〇〇万円融資の申込みを受けたが、同物件が評価額四、七〇〇万円であり、これを担保に徴すれば、それまでの藤田への貸付の際の大幅の担保不足を僅かではあるが、補い得ると考えて積極的に右融資に賛成し、白石理事長及び児玉副理事長の承認を得、原判示第二の三の二、五〇〇万円融資実行の手続をとつた。

(四)  原判示第二の四のグリーン総業の件

被告人は、昭和五一年六月一〇日、高利貸資金調達に懸命の藤田から二億円融資を申込まれたが、これを断わつたところ、その後藤田の直接の申込みを内諾した児玉副理事長から右融資の指示を受けたため、やむなく白石理事長の承認を得、無担保で、原判示第二の四の二億円融資実行の手続をとつた。

(五)  以上の本件各貸付は結局回収されることがなかつた。

前記(一)ないし(五)において認定した諸事実に徴して明らかなように、被告人は、本件各貸付について、それらがいずれも回収が困難であり、かつ無担保あるいは大幅な担保不足であるから、基本的には内心反対であり、そのほとんどについて白石理事長・児玉副理事長に対し反対あるいは消極的意見を具申したものの、いつたん同人らが承認を決定するや、やむをえないと考え、あえて少なくとも特別融資部担当を辞する等進退出処を決することもなく、右決定を承け、あるいは藤田、水沼、あるいは藤田、大和、あるいは藤田から白石、児玉とそれぞれ順次意思相通じ、当該各貸付実行の手続をとつたものである。そしてこれら各貸付が所論協同組合による金融事業に関する法律の目的に背反することも明らかである。この点に関する所論は採り得ない。

そうしてみると、被告人は、信用組合弘容特別融資部担当専務理事として、同信用組合の財産上の利益を保護すべき任務に背き、藤田、水沼、大和ないし同人ら関係の企業の利益を図り、同信用組合に損害を加える目的をもつて、藤田、水沼、大和から白石、児玉と順次共謀して、本件当該各貸付を行い、同信用組合に対し財産上の損害を加えたものというほかはない。前認定のような本件各貸付に至る経緯に照らし被告人の犯情において憫諒すべきふしがあり、量刑上考慮されるべきものがあるにしても、その罪責は背任罪の共同正犯と断じるになんら妨げがなく、これを所論のように同罪の幇助犯にすぎない、あるいは各貸付について反対ないし消極的意見を具申したことを理由に右罪責を免れるべきであるとはとうていいえない。本件各貸付について被告人に対し背任罪の共同正犯の事実を認定し同罪を適用した原判決は、その説示において所論指摘のように正確さを欠く措辞があるが、結局正当であつて、所論事実誤認、法令の解釈適用の誤りはない。論旨は理由がない。

二、控訴趣意第二点の一、二、六、原判示第二の二に関する事実誤認の主張について

論旨は、原判示第二の二に関する本件公訴事実において回収不能額が二億四、九三四万六三四円であると掲記されているのに、原判決が第二の二において回収不能額を認定していないのは事実誤認であつて破棄を免れない、という。

しかしながら、刑法二四七条にいう「財産上ノ損害ヲ加ヘタルトキ」とは、財産上の実害を発生させた場合のみでなく、実害発生の危険を生じさせた場合をも包含するものと解するを相当とする(昭和三七年(あ)第一九三一号、昭和三八年三月二八日最高裁判所第一小法廷決定、刑集一七巻二号一六六頁・昭和三三年(あ)第一一九九号、昭和三七年二月一三日最高裁判所第三小法廷判決、刑集一六巻二号六八頁・昭和一三年(れ)第九二九号、昭和一三年一〇月二五日大審院判決、刑集一七巻一七号七三五頁各参照)ところ、原判示第二の二のとおり過振りが行われ、これが解消不能の危険が発生した以上、解消不能の実害が発生する結果をまつことなく、その一事により信用組合弘容に対し財産上の損害を加えたものというべきであるから、所論指摘のように原判決は第二の二において回収不能額を明示しないが、刑法二四七条適用の基本たる事実の確定につきなんら誤認はない。論旨は理由がない。

三、控訴趣意第二点の一、三、原判示第二の二に関する事実誤認の主張について

論旨は、原判決は第二の二において白石理事長及び児玉副理事長を共犯者と判示していないが、これは事実誤認であつて、破棄を免れない、という。

そこで所論にかんがみ記録を精査して検討するに、前記一の(二)で認定したとおり原判示第二の二の過振りを行うに至つた経緯に徴すると、白石及び児玉も同過振りによる背任行為に関与したことが明らかであるから、所論指摘のように右事実を判示しなかつた原判決は事実を誤認しているものというほかはないが、右認定の経緯に照らすと、原判示第二の二の過振りの方法による無担保貸付は、もともと、白石・児玉の意を承けた被告人の提案によるものである。このことにかんがみると、原判決の右事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。論旨は理由がない。

四、控訴趣意第二点の一、五、控訴趣意補充二の2、原判示第二の二に関する事実誤認の主張について

論旨は、関係証拠によると、同判示別表番号一一の昭和五一年三月二日には現金二〇万円及び大川英樹振出の額面五〇〇万円の小切手が振込まれ、他方三〇万一、二八四円及び六〇万円(二口合計九〇万一、二八四円)が出金されているが、原判決はこれを七〇万一、二八四円の過振りと判示する、しかし、右小切手は翌三日現金化され、三月二日の時点においては七〇万一、二八四円の過振りを十分に担保するものであるから、原判決が右七〇万一、二八四円の過振りを背任罪のうちの一罪を構成するものとして認定するのは誤りである、なぜならば、過振りについて、その日の出金額が入金額よりも多いという事実のみで直ちに背任罪を構成するものでなく、当該過振額に相当する債権を保全するに十分な担保が存する場合並びにその前の入金額が出金額よりも多く、その差額が当日の過振額をこえるような場合には背任罪を構成するものではないからである、このことは、関係証拠によると、その他の多数の過振りが認められるのに、それらが訴追されていないことによつて肯定される、という。

そこで所論にかんがみ記録を精査して検討するに、関係証拠、殊に増田至孝の検察官に対する供述調書謄本(検甲八号)添付の当座元帳修正明細書によると、原判示第二の二の別表番号一一の昭和五一年三月二日には所論大川英樹振出の額面五〇〇万円の小切手が振込まれているが、同小切手は、幸福相互銀行加賀屋支店を支払人とする他店券であることが認められる。ところで他店券を資金とするには、それが交換決済されて初めて可能であるから、同小切手を除外して七〇万一、二八四円の過振りを認定した原判決は正当である。所論は、右三月二日を含む原判示第二の二の別表二の過振りのほかにも多数の過振りがあるのに、これらが訴追されていないのは、当該各過振額に相当する債権を保全するに十分な担保が存し、又はその前の入金額が当該日の出金額よりも多いからである、というので、関係証拠、殊に前掲増田至孝の検察官に対する供述調書謄本添付の当座元帳修正明細書を検討するに、所論多数の過振りが訴追の対象とされていないのは、ほぼ所論事由によるものとみられるのに反し、右三月二日の場合は、当日少額の現金の振込みのほか他店券の振込みもあつたことは前認定のとおりであるが、右他店券は前説示のような性質を有するにすぎないのみならず、前日以前数日にわたり連日、振込まれた入金額を大幅にこえる出金がなされて過振額が累積し、右入金をもつてしては右三月二日の出金の回収を全く担保しえなかつたことが認められ、訴追されなかつた前記過振りの場合とは事情を異にするから、それらが訴追の対象とされなかつたことは前判断を左右するものでない。そうしてみると、原判決第二の二の判示には所論事実誤認はない。論旨は理由がない。

よつて刑訴法三九六条により主文のとおり判決する。

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